和歌山県「田辺定食」の開発のために向かった、美味しいもの探しの取材。
「海編」に引き続き、今回は「田辺のお母さん」編と題し、地元の生産者の方や、
家庭の味を守り続けている方のお話をしようと思います。
田辺に着いて、まず向かったのは龍神村。
空港から40分ほど車で山を登っていくと、霧がかかった、水墨画のような山の風景に
変わりました。
廃校になった中学校の校庭の隅にビニールハウスを建て、そこで龍神村の湧き水を使用して
「龍神しいたけ」を栽培しているというのです。
生産者の伊藤さんは、椎茸を作り始めて5年目。
60代を過ぎてからのスタートでした。
おいしいのはもちろんのこと、傘に膜の貼った、きれいな椎茸作りを目指し、まだまだ
試行錯誤しながらの栽培だそう。
素人目には、何がA級かすぐにはわからなかったのですが、手前の、傘の裏にキレイに膜が
貼っている状態が、伊藤さんの目指す椎茸。
大きく育ちすぎるとこの膜が破れてしまう為、採るタイミングが難しいそうなのです。
この膜が張っていることで、長く鮮度も保たれるのだとか。
「菌床栽培というだけで見向きもされなくて。原木栽培の椎茸に負けないくらい、
わたしらの椎茸もおいしいのんよー。食べてもらえれば分かると思うんやけどねー。」と伊藤さん。
「龍神しいたけ」にかぶりつくと、鼻を通り抜けていく香りと肉厚な食感がたまりません。
都会のスーパーでは出会えない味に、驚きました。
もともと椎茸が苦手だったという伊藤さんが、「この椎茸なら作りたい」と思った理由が、
分かった気がします。
しいたけの香りが充満した、湿り気のあるビニールハウスには、ひとつに約5000の菌床があるそう。
棚に置いてある菌床の場所を入れ替えながら、1日に3、4回、全体に均等に水を与えています。
「この年でまた子育てを始めたようなもんよー」と伊藤さんは笑います。
朝は「おはよう」、夜は「おやすみ」の挨拶を欠かさず、菌床から椎茸がなかなか生えて
来ないときは「どうしたんー?出てきてねー」と声をかけているそうです。
あまりに可愛すぎて、自分では食べることが出来ないほど、大切に作られている「龍神しいたけ」。
今日も伊藤さんは、校庭の隅で可愛い子供たちを愛情一杯に育てているのでしょう。
熊野古道巡りの宿“霧の里 たかはら”では、地元のお母さん、森本さんに、山菜料理を教わりました。
「お母さんやお隣さんに教わったものをその通り作っているだけよ。教えることなんか
なんもないわー」と、恥ずかしそうに作ってみせる森本さん。
お出汁、醤油、砂糖、酒…。
たしかに特別な調味料も使っていなければ、作る行程も非常にシンプルです。
私はそこに、教わったものを作り続け、それを私たちに教えてくれる、森本さんの存在の
大きさを感じました。
今、森本さんのようなお母さんは、日本にどれだけいるのでしょうか。
家庭料理の、本来の姿を見た気がします。
そのあとに頂いた山菜料理は、噛み締める程に広がるお出汁と山菜の味がとてもやさしく、
森本さんの人柄と重なりました。
言葉を忘れるほどに集中していただいた、田辺のお母さんの味です。
今回の「田辺定食」でも炒め煮にしてお出ししている「ごんぱち」は、河原や山道などに
生える、春の山菜。
この、一見枝に見えるのが「ごんぱち」。竹のような節があり、中は空洞です。
春、枝の先端に生える赤い新芽をもぎり、皮を剥いて、調理をします。
新芽をもぎる時には、ポンッといい音が鳴るそうですよ。
採った「ごんぱち」は塩漬けにして冷凍し、1年を通し食べているそうです。
「ごんぱち」を求め、河原や自然公園など、様々な場所へ探しに行ったのですが、
まだ時期が早かったのか、取材中は見つからず…。
「こどもの頃、おかんに言われて採りにいって、皮をむくのを手伝わされましたわー」と
河原をグイグイと進み、探しに行く地元の方の姿は、なんだかとても楽しそうに見えました。
次回は、料理長が感動した「おかいさん」こと「茶粥」のお話や、20種類以上のみかんを試食
させていただいたくという、贅沢な時間を過ごした「みかん畑」のお話をしようと思います。
題して「スタッフのお気に入り編」!お楽しみに!
(d47食堂 菊地妙子)